そして“同人女”はオリジナルマンガ描きになった。『私のジャンルに「神」がいます』の真田つづる先生に聞く、自分の描きたいマンガを描くための思考法

マンガノ真田ちづるさんインタビューメインカット

マンガを描くために、そして届けるために、あの先生はなにを考えているのだろう。
マンガ制作に情熱を傾けるみなさんであれば、きっと抱くであろうこんな疑問を、先輩の作家さんにぶつけてみます。マンガノのリリースを記念してお届けするスペシャルインタビューの第1弾は、2020年11月に出版された『私のジャンルに「神」がいます』の作者、真田つづる先生@sanada_jpです。

同作の元となった『同人女の感情』シリーズは、Twitterに上げられるや怒涛の勢いで拡散し、第1話のRT数は4万オーバー(2021年1月時点)。その後も作品が公開されるたびに、同作のキャラクターである「おけけパワー中島」がTwitterトレンド入りするなど、2020年のネットを激しくざわつかせました。

この超バズマンガを、真田先生はどのようにして生み出したのか。そして、SNSに刻まれる数字やリアクションとどのように向き合っていたのか。作品のはじまり、バズの渦中にあってのマンガづくり、そして語られることのなかった、真田先生のマンガ描きとしての原体験を真田先生描き下ろしの自画像とともにお届けします!

持ち込みするも「全然ダメ」。真田つづるが二次創作に出会う前

──まず、真田先生のマンガ家としての出発点を教えて下さい。

真田:ほんとうに最初、という意味では、幼い頃に描いていた棒人間のお話です。物心がついたころから、思いつくままにお話を考えて絵にする、という行為を楽しんでいたように思います。ちゃんとストーリーを考えて、マンガを描き始めたのは中学〜高校生のときでしたね。ずっとマンガが好きだったので、自然と描き始めたんです。ちゃんとコマも割って、お話も考えて。

──それはどんなマンガだったのですか。

真田:ジャンプが大好きだったので、『少年ジャンプNEXT!(現在の『ジャンプGIGA』の前身)』に掲載されていたような読み切り作品に影響されて、1話完結の少年漫画……あまりよく憶えていませんが、スポーツが好きだったので、スポーツマンガを描いていたような気がします(笑)。

中学生の頃はこっそり一人で描いていたんですが、高校生になって初めて友達に読んでもらう機会があったんです。すると、みんな「おもしろいよ。上手だね!」って。自分のマンガや絵を楽しんでくれていることが、すごく嬉しかったんです。そこから、やる気に火がついた(笑)。ちゃんとマンガを勉強して、もっと上手におもしろく描きたい、という気持ちが湧いてきたんです。それからはマンガを描いては友達に見せて、「つまらなかったら、はっきりと言ってほしい」と、かなり真剣に向き合うようになったかな。

──真田先生の“まんが道”が本格的に始まったんですね。

真田:その流れで、当時、「持ち込み」に行ってみたんですよ。「ジャンプスカウトキャラバン」という、ジャンプ系の編集部が全国各地に出張してくるイベントがあって、そこに自分のマンガを持ち込んでみたんです。「一人で行くのは心細いでしょ」って、友達も付いてきてくれたんですよ(笑)。

──持ち込みの結果はどうでした?

真田ホントにダメだったんですよ。マジでダメ。かすりもしなかった。その持ち込み作品をいま振り返れば、「そりゃダメだよな」としか思いませんが、当時は「結構いい線いってる」なんて思って、かなりワクワクしながら持ち込んだんです。でも、全然ダメ。本当に落ち込みましたね。

──それは心が折れそうになる体験ですね……。

真田:めっちゃ折れました(笑)。それでも頑張って描き続けようと思ったんですけど、マンガどころか丸とか棒すら描けなくなってしまったんです。きっと、自分が感じているよりも、深いショックがあったのでしょう。それ以降、一切マンガを描くのを止めちゃいました。一切です。自分のマンガを世に出そうと持ち込んでみたら、その前に挫折してしまったわけですね……。


ぽっきり折れた真田先生のイラスト
▲ぽっきり折れた、真田先生。しかしその後、二次創作に出会って……。

──その後、また創作に挑むようになったのはなぜだったのですか。

真田:オリジナルマンガを描くのは止めてしまったんですけど、その後、二次創作という世界があることを知って、「これは面白そう!」と。私、マンガづくりで一番難しいのは、キャラクターを生み出すことだと思っていたんです。キャラクター、つまり一人の人間をいちから生み出すということですから、これはまるで「神の仕事」のようなもので、自分には無理だという諦めがずっとあったんです。

でも二次創作なら、すでに存在している素晴らしいキャラクターがいる。そして、キャラクターのことを考えていると、頭の中にストーリーができていくのを感じたんです。持ち込みで挫折して、もう絶対ストーリーなんて考えたくない、なんて思っていたのに、気づくと勝手に頭の中でストーリーが動き出している。ずっとしょんぼりした気持ちだったけど、久しぶりにワクワクしているのが感じられてとても嬉しかったですね。

──マンガではなく、小説にしたのはなぜだったのですか。

真田:なぜって、二次創作の小説を読みまくっていたからです(笑)。当時は本当にたくさんの方が個人サイトに小説をアップしていて、それこそ夢中になって読んでいました。だから自然と、「私も二次創作の小説を書いてみよう」となったんです。

──なるほど。その小説はどこかで公開したのですか。

真田:他の方と同じように、私も自分で作った個人サイトにアップしていました。まだpixivが盛り上がる前の時代ですね。当時は個人サイトだけでなく、携帯サイトのブログ機能を使って小説をアップしている方もいっぱいいたと記憶しています。

──真田先生の作品が初めて広く公開されたわけですね。公開することにためらいはなかったでしょうか。

真田:「自分の書いた作品は公開するものだ」という土壌が当時のネットにはあって、私もとくにためらうことなく、「できたから上げよう」と気軽にアップしていましたね。

──否定的に受け止められたら、という不安はありましたか。

真田:それが、あんまりなかったんですよね。二次創作小説は公開するのが当たり前だったし、私の知る限り公開された作品を「上手い、下手」で批判するような世界でもなかったんです。誰もが作品を公開し、上手い下手も関係なく、思い思いに元の作品への愛を表現している二次創作のカルチャーに、むちゃくちゃ感動しました。だから私も、誰かに批判されたらどうしよう、みたいな不安はなかったように思います。

──誰にも読んでもらえないのでは、という不安もなかった?

真田:あまり考えずに公開したので、その不安もなかったですね。サイトには来訪者数を示す機能があったのですが、その数字がちょっとでも上がっていたら嬉しい、という感覚です(笑)。

「一瞬の感動」を伝えたくて、再びマンガの道へ

──小説の世界を楽しみながら、その後、再びマンガを描こうと思ったのはなぜだったのでしょうか。

真田:小説を書き始めて2年半くらい経ったころ、ふと「またマンガを描こうかな」と思えたんです。一生懸命に小説を書く中で、マンガを描くことへのトラウマや恐怖心が薄れていったのかもしれません。もうひとつ、「一瞬の感動」をつくりたくなった、という理由もあります。小説の場合、文字を追いながら「徐々に感動が伝わってくる」という感覚があります。でもマンガは絵を見たその瞬間に情報が飛び込んできて、雷に打たれるように感動が伝わってくる。この「一瞬の感動」を自分で生み出すためには、やっぱりマンガしかないな、と思ったんです。

──再びマンガを描くようになって、pixivに公開されたのですよね。マンガを公開することにも不安はなかったですか。

真田:なかったですね。自分の作品を公開する、という行為は、インターネットの存在を知らなかったころなら一大事だったし、とんでもなく覚悟のいることだったと思います。でも、いまのように作品を発表する場がWeb上にたくさんあると、作品を公開することって、大げさなことではない。だから私も気軽に上げることができたのだと思います。

──真田先生の作品『私のジャンルに「神」がいます』の第五話『初めての原稿地獄』編では、主人公の七瀬が自作に対して「この本、面白いのかな?」と自問するシーンがあります。真田先生も作品を発表していく中で同じような自問に苦しむことはありますか。


真田:それは、あります。小説でもマンガでも必ずあります。同人誌という形態の作品の場合、自信満々で原稿を入稿したことは一度もありません(笑)。作品への自問も段階があって、最初は「これは絶対おもしろい!」と思って描き出す。その後、執筆が佳境に入ると、「これはおもしろくないのでは?」という疑問が湧いてくる。そして最後には「絶対におもしろくない」という確信に変わるんですよ(笑)。だから、同人誌が刷り上がって印刷ミスがないか確認するときも薄目でサーっと見るくらい。自作をきちんと読めるようになるのは、刷り上がった2〜3ヶ月後くらいです。そこまで寝かせて、ようやく「おもしろかった。よかった……」と自分で思えるようになる(笑)。

──完成までは「自問の壁」が立ちはだかるのですね(笑)。壁を突破するために、なにか工夫していることはあるんですか。

真田:私の場合、作品はまずプロットから作るのですが、自分なりに練り上げたプロットづくりのセオリーがあって、「プロットどおりにいけば、絶対におもしろくなる」と自分を信じるように努める。それでも、「これ、ホントにおもしろい?」という自問はどこからともなく湧いてきます。そんなときは、プロットのいたるところに、「ここはすごく盛り上がる!」とか、最後のページならば「ここで拍手!」とか書き込むんです。自分で自分を盛り上げて、不安と対峙するわけです(笑)。


真田つづるさんのプロットスクリーンショット

▲実際のプロットのスクリーンショットがこちら。ストーリー部分はお見せできないのが残念ですが、真田先生の言葉通り、随所に「絶対おもしろい……がんばれ」や「ここめっちゃ良い!」などの、自分を鼓舞する言葉が書き込まれています。なお、真田先生のプロット、ネームづくりの手法はコミティアで発表した『いまからまんがを作ります。』で詳しく解説されています。

オリジナルマンガづくりに挑む。そしてキャラづくりという壁

──2019年5月のコミティア128でオリジナルマンガを発表されていますね。二次創作マンガを経て、再びオリジナルマンガに挑むのにハードルに感じる部分はありましたか。

真田:ハードルはめっちゃありました。さっきもお話したとおり、自分にはキャラクターが作れない、という苦手意識があって、オリジナルマンガを描く自信がまったくなかったんです。でも、「真田さんの描くオリジナルが読みたい!失敗してもいいからコミティアに出よう」と友達が熱心に誘ってくれて、じゃあ挑戦してみようと。

どうにか「マンガを描く女子高生」のお話を作品にしたのですが、まったく思うように描けなかったですね。なぜこんなに描けないんだろう、と、かなりつらい気持ちになった記憶があります。続く2019年8月のコミティア129にも作品を出すことにして、キャラクターづくりの本や資料をかなり調べて再び挑んだのですが、これも思うように描けない。今度こそおもしろいものを描こうとかなり時間をかけたのですが……。そして、これ以降またオリジナルマンガを描くのをお休みしました。やっぱり私には向いてないんじゃないかな、と。

──コミティアでは出版各社のマンガ編集部が出張編集部の形で持ち込みを受け付けていますが、これに参加しようとは思わなかったのですか。

真田:できなかったですね。5月のコミティアでは、出張編集部の前を通るだけで冷や汗が出るほど緊張した記憶があります。高校生のころの苦い体験がまだ完全に払拭できていなかったのでしょうね。8月のコミティアでは「今度こそ持っていこう、感想を聞かせてもらおう」と意気込んでいたんですが、いざ編集部の近くまで行くと動悸が激しくなって……。やっぱり持ち込みはできませんでした。

──壁にぶち当たりつつ、2020年の6月に後に『私のジャンルに「神」がいます』となる『同人女の感情』をTwitterにアップされましたね。これはどのような経緯から生み出された作品だったのですか。

真田:2ツイートくらいに収まる7〜8ページのマンガをたくさん描いてみようと思って、オリジナルを何本か公開したのが2020年の6月で、『同人女の感情』もそのうちの1作でした。コミティアでは思うような作品が描けなかったけど、もう一度キャラクターづくりを勉強しようと思って取り組んだのですが、これらの創作のおかげで一歩進めたように思います。


▲『機動戦士ガンダム』など、数多くの名作アニメの脚本を手掛けた星山博之さんの本が、真田先生の「キャラづくり」に、大きなヒントを授けたのだとか。

──なにがあったのですか。

真田:たまたま手にとった『星山博之のアニメシナリオ教室』という本に、ものすごく大きな学びをもらったんです。とくに下の部分です。

創作のはじめにおいてキャラクターの輪郭は明確なものにはならない(中略)
キャラクターの実際的な輪郭は、シナリオをつくるときにはっきりしていくもの。(中略)ストーリー展開の中の「アナログ=時間の経過」の積み重ねで形成されていくのが本当の性格なのだ。(中略)
経歴、行動範囲など細かい肉付けが初期段階でなされていると、かえってその後のストーリー展開の邪魔になりかねない。(中略)
設定段階のキャラクターを文章で説明すると三行程度の内容におさまってしまうが、それでいいのだ。

星山博之『星山博之のアニメシナリオ教室』(刊:雷鳥社)P85〜86より


これを読んで、世界が開けたような気がしました。星山さんが書かれているのは、「物語の作者であっても、最初の段階ではキャラクターのことはよくわからない」ということだと思います。以前の私は、自分の物語のキャラクターを100%理解しようとしていたんです。まるで神様みたいにキャラクターを俯瞰し操ろうとしていたんですが、そんなことは不可能ですよね。現実の家族や友人のことだって、100%理解することなんてできないのに。当たり前のことかもしれませんが、星山さんの本を読んで初めて理解できたんです。

以前は自分のマンガに登場するキャラクターはすべて細かく設定していました。どんな性格でなにをしたいのか、どんな葛藤を抱いているか、マンガに登場する以前にはどんなストーリーを生きてきたのか、などなど全部細かく決めていたんですよ。コミティアに出した作品でも、もちろんこうした作業を通してキャラクターをつくっていました。ただ、星山さんの本では“そんな作業は必要ない。キャラクター設定は3行程度の文章でいい”と。こんなことが書いてある本はそれまで読んだことがなくて、おもわず目からウロコが落ちた……、腑に落ちてしまったんです。神でなくともキャラクターってつくれるんだ、ということに気づけた。

──実際、真田先生のキャラクターのつくり方も変わったのですか。

真田:それまでとはまったく逆の方法でキャラクターをつくるようになりましたね。キャラクターの設定を一切つくらずに、マンガを描き出してみたんです。私とキャラクターは1週間前に知り合った友達、という感覚で向き合う。『秀才字書きと天才字書き』の主人公の七瀬もそうでした。私は七瀬がどんな人生を歩んできたのか、どんな生活を送っているのか、何も知らない。でも、何も知らないからこそ「同人小説が好きすぎて、電車の中でもつい読んじゃう」のように具体的なエピソードが浮かんでくるんです。

過去の私は、「このキャラクターは仲間思いで、熱血系」みたいな設定、つまり抽象的な要素から具体的なエピソードをつくろうとしていて、ことごとく失敗してきた。でも、「七瀬はこんな状況だと興奮して早口になる」のように、思い浮かぶ具体的なエピソードをどんどん挙げていくと、キャラクターが理解できるようになって、一人の人間を形成できたように感じたんです。私にとってはキャラクターづくりの考え方がまったく変わった、コペルニクス的転回のような出来事でした。

4万RTの超絶バズ!狂宴のなかで、作品を描き続けるために必要なこと

──真田先生にとって、非常に大きな経験だったんですね。かくして生まれた『同人女の感情』ですが、Twitterで発表されたのはなぜだったのでしょうか。

真田:誰もが気軽に読める環境に上げたかったんです。ただ、これまで作品を公開してきたときとは違って、「オリジナルマンガを公開する」というのは、すっごい不安がありました。自分が描いたキャラクターがちゃんと人間になってくれているのか……。不安が大きかったので、ツイートに「いいね」がつくと嬉しいというより、ホッとしたという感覚のほうが大きかったですね(笑)。

──コマ割りやセリフの量など、Twitterで見られることを意識した部分はあるのでしょうか。

真田:セリフ、多いですよね(笑)。ページ数に関しては多くても3ツイートに収まるくらいの量にしようとは考えていたんですが、他はあまり意識していなかったように思います。

──第1話のTweetは現在では4万RT(2021年1月の取材時点)を超えています。こうした反響を予想されていましたか。

真田:もちろんまったく予想していませんでした(笑)。同人界隈の方々が共感してくれたのだろう、とは思っていますが、あれほどの規模まで拡散されたのか、よくわからないですね。私はというと多くの方が反応してくださって、めっちゃ嬉しい、という感覚でした。

──『同人女の感情』はその後、シリーズになって続編が次々公開されていきましたね。第1話がバズったことは、以降のお話になにか影響はありましたか。

真田:それはありませんでしたね。むしろ、なるべくバズの影響を作品に与えないように意識していました。

──2話目を公開したあたりで、「おけけパワー中島」がTwitterのトレンドに入るほど反響がありましたね。この影響で中島をもっと出そう、といった意識もなかった?

真田:それは……最初は悩みました。読んでくださる方が期待する方向で描いたほうがいいのかな……と。ただ、お話したとおり、『同人女の感情』は、本来「おもしろいマンガを描く」が目的だったんですが、それが「もっと“いいね”がもらえるマンガを描く」という目的に変わってしまうように思ったんです。これって、私にとっては歓迎できない変化でした。

第1話は「マンガを描くのって楽しいなあ!」という気持ちだけで描いていたのですが、バズを意識すると、「どうすればもっと“いいね”がもらえるか、そのためにはどんなマンガを描けばいいか」と考えるようになってしまう。もっとすると、「こんなマンガを出したら、せっかくフォローしてくださった方が去ってしまうんじゃないか」「“いいね”がもらえるマンガしか描いてはいけないのでは」みたいな恐怖を抱えることにもなって……。

もう泥沼みたいな状況ですよね。マンガを描くのが楽しくて一生懸命やっていたつもりなのに、本来の目的を見失って、苦しんでしまう。だからこそ、反響に合わせて話づくりをするという方法は、意識して取らないようにしていたんです。

──SNSで作品がバズると、ネガティブなコメントも目に入ってきてしまうのではないでしょうか。マンガ家の方がどんなコメントやリアクションに触れるか、という要素は創作意欲にかなり影響を与えるように思えます。だからこそ、マンガノでは「やわらかコメント」といって、ネガティブなコメントをフィルタリングする機能を備えているんです。真田先生の場合、作品のコメントにはどのように向き合われているのでしょうか。

真田:人の目に触れる以上、ネガティブな反応が生まれるのは当然のことだよな、と思います。だって、私も映画を観て、「イマイチだったな。続編は観ないな」とか普通に言っているはずですし、100%肯定的な意見だけになることは、あり得ないですよね。とはいえ、やっぱり人間なので、ネガティブなコメントを見るとへこんじゃいますよね。だから、大事にすべきはさっきお話した「マンガを描くのって楽しいなあ!」みたいな意欲なのかな、と。「ネガコメが怖いから描くのやめようかな」みたいな、自分の外からくるものよりも、「私はこれが描きたいんだ」という気持ちを優先すべきだな、と。

──バズの渦中で、いろんなことを考えたんですね。

真田:もし、自分の大好きなマンガ家さんが「ネガな反応がつらくてマンガをやめる」とか、「作風を変えなきゃいけないのかな」なんていったら、私だったら「やめないで!今までどおり楽しく描いて!」って感じるはず。それを逆にして、自分にあてはめてみたら、やっぱり自分の「描きたい!」を大事にすべきだって思えたんです。

──SNSの場合、ふぁぼやRTなど作品の反響がダイレクトに数値に表れます。ご自身の意欲が大事、ということは、こういった数値に作品づくりが影響されることもなかったですか。


真田:影響というか……読んでくださる方の数を想像すると、プレッシャーは感じますよね。数字を意識から完全に遠ざけるのは、やっぱり難しいです。でも、さっきも言ったとおり、数字に気を取られすぎると、「なんで今回のお話はRTされなかったんだろう。どんなお話にすればRTされるだろう」とか、本末転倒になってしまう。それに「こうした方がたくさんRTされるだろうな……」って意識でお話を考えていると、なんかモヤっとした気持ちになってきちゃうんです。「本当はこうしたいのに」とか「こっちの方が面白いのに」とか、心の声が聞こえてくる(笑)。だから私は、お話を考えるときは、「これは面白い、描きたい!」ってワクワクできるどうかを基準にしてました。

──第1話から最終話を公開されるまで5ヶ月ほどですが、この期間、作品を作り続けるためになにか苦労したことはありましたか?

真田:連載形式でマンガを描いたのが初めてだったので、とにかく苦労したのは時間との戦いでしたね。原稿を入稿すれば一段落する同人誌の締め切りと違って、連載の場合、1本描き終わってもすぐに次に取り掛からなくてはいけないじゃないですか。制作スケジュールはGoogleカレンダーで管理していましたけど、背景を描きながら次のプロットを練る、とか、隙間がなさすぎて、よくこれで描けたもんだと(笑)。

──ただ、Twitterに上げる作品ですから、公開ペースは自分で決められますよね。失礼な質問ですけれど、「今週はちょっと遅らせよう」とはならなかったのですか。

真田:それだけは絶対になかったですね。私、同人誌の原稿もこれまでに一度も落としたことがないのが、唯一の誇りなんです。自分が描きたいお話ができたら、絶対に描き上げる。どんなに残業が続いても必ずイベントに間に合わせる、というつもりで描いているんです。間に合わせるためなら、悪魔に魂を売り渡してもいい(笑)。それに、「公開は次の週に遅らせようかな」と妥協しても、次の週も多分描かないと思うんですよね。

──『初めての原稿地獄』編で七瀬が締め切りと苦闘しつつ、原稿を描き上げるシーンが印象深く描かれていますね。


真田:同じように、私も自分が決めた時間に脱稿することが、人生で一番、自己肯定感を感じられる瞬間かもしれません(笑)。

──『同人女の感情』第1話が大きくバズり、2話目以降もすべてTwitterに上げられましたよね。作品を収益化する考えはなかったのでしょうか。マンガノでは作品をアップする方が無料、有料公開を決められる、マネタイズの機能がありますが、このようななにかしらの手段で、収益を得る道もあったように思いますが。

真田:一番最初は、お金をいただけるような作品ではないと思っていたのでTwitterに上げたんです。その後も気軽に読んでもらいたかったので、収益化はまったく考えていませんでした。そもそも、誰もが読めるTwitterに上げたからこそ、多くの方が読んでくれて、盛り上がったという部分はありますよね。

それに、作品を読んでくださった方の感想や自分語りが盛り上がっているのを目にして、すごく嬉しかったし幸せだったんです。だからこそ、『同人女の感情』に関しては最後まで誰もが読めるTwitterに上げようと考えていましたね。幸い、『同人女の感情』は『私のジャンルに「神」がいます』として単行本化されましたが、自分のオリジナルマンガの収益化を考えるのであれば、次の作品あたりかな、くらいの感覚でいます。

駄作を恐れず、描きたいものを描こう

──二次創作を経てオリジナル作品をひとつ描き終えたいま、真田先生の中でマンガづくりに対する思いに変化はありますか。

真田:『同人女の感情』を始める前は、二次創作とオリジナルマンガって全然違うものだと思ってました。二次創作は「元ネタへの愛が前提の優しい世界」で、一方のオリジナルは「実力が全ての厳しい世界」みたいなイメージを持っていたんです。だからオリジナルを描こうと考えると、急に「幅広く受けるものを描かなきゃいけない。じゃなきゃ誰にも読んでもらえないぞ」って妙に緊張しちゃう。なんとなく、「オリジナル」の先には「商業」がある、みたいな固定観念を持ってたのかもしれません。

いまは、二次創作でもオリジナルでも根本にあるものは同じなのでは、と気づけたように思います。好きなものとか、熱くなれるものとか、心の中にある叫びを、思いっきりぶつけられる興奮。一生懸命に汗を流して、あと徹夜もして(笑)、作品が完成したときの喜び。それを読んで面白いと言ってくれる方、共感してくれる方が現れたときの嬉しさ。どれも、二次創作でもオリジナルでも、変わらないものだと思います。

もしいま、二次創作をしていて、「オリジナル描いてみたいけど……」と尻込みしてしまう方がいたら、「ぜひ描いてみて!」って伝えたいです。二次創作と同じように気軽に、自分が描きたいなあとワクワクするものを描いてほしいです。私はオリジナルマンガも二次創作も大好きなので、今後、どちらも続けていくと思います!


▲真田先生は愛猫とともに、今日もマンガづくりに励む!

──最後に、マンガノは真田先生の作品に登場する“同人女”たちのような情熱で、オリジナル作品作りに打ち込むマンガ家の皆さんに作品をアップしてもらいたいと思っています。こうした方々に向けて真田先生からメッセージをお願いします。

真田:駄作になることを恐れず描いてほしいです!「全然『いいね』がつかなかったら、全然読んでもらえなかったら、悲しいな」みたいな気持ちもあるかと思います。そんな気持ちが先行していると、どうしても自分の描きたいものを追求する冒険ができなくなってしまいますが、そんなときは、自分の安全基地*1を見つけるといいと思います。

私にとっては創作仲間や古い友だちがまさに“安全基地”で、作品をつくってスベったとしても、フォローを外すわけではないし、「今回はイマイチだったけど、次があるじゃん」と言ってくれる。そして友だちがいてくれるから、私も安心して自分の描きたいものを描けていられるように思います。私の大好きな島本和彦先生の『新吼えろペン』にも「駄作を作る勇気」「1本や2本駄作を出しちまっても……自分を許してやれる大きさを持て!」という言葉が出てきますからね(笑)。

──ありがとうございました!


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*1:安全基地:アメリカの発達心理学者であるメアリー・エインスワースが提唱した概念で、「子どもにとっての養育者」のように、ある人にとって、心地よさや保護が保証された環境を意味する。子どもはいつでも戻れる安全基地を持つことで、リスクを取り外の世界を探検できる、と考えられている。