安達ヶ原の鬼婆編

日下春馬のマンガ

昔々、生まれつき口の利けない姫君がいました。乳母であった「いわて」はたいそう心を痛めていました。姫君と同じ年頃の娘がいるのですからなおさらのことでした。医者の話によると妊婦の腹から取り出した新鮮な赤子の肝を食べれば姫君の不自由はなくなると言います。「いわて」は姫君を救うため赤子の生き肝を手に入れる旅に出かけました。しかしそう都合よく妊婦を捕まえることはできません。長く辛い旅の中でだんだんと「いわて」はおかしくなっていきました。そしてついに遠い東の地「安達ヶ原」まで来てしまいます。福島県の真ん中少し上あたりです。そこで「いわて」は旅の夫婦と出会いました。しかも妻は臨月の妊婦です。これはしたりと夫が離れた隙をついて腹を裂き、念願の赤子を抜き取った時、瀕死の女が言いました。
「私はもう助かりません。お母さんーーいわてと言う女性に会いたかった。そのために旅をしていたの」
この女は何を言っているんだろう。「いわて」の目の前で女は息を引き取りました。この女の持ち物に見覚えがある気がする。私には娘がいたような気がする。私の娘？どんな顔をしていた？どんな声で私を呼んだ？この妊婦の顔は、声は、誰に似ていた？どこへ行ったの、かわいいかわいい、私の娘…。「いわて」の心はぷつんと壊れ、もはや人ではありません。
「安達ヶ原には鬼婆がいる」。そう言われるようになるのに時間はかかりませんでした。

福島県民福島の漫画描いてみた

安達ヶ原の鬼婆編