マンガを描くために、そして届けるために、あの先生はなにを考えているのだろう。
マンガノのリリースに合わせ、若きマンガ家のみなさんに向けて、先輩作家さんがアドバイスを送る本シリーズで、今回お話してくれたのは、『徒然チルドレン』や『幸せカナコの殺し屋生活』などの4コママンガで知られる、若林稔弥先生(@sankakujougi)です!若林先生が『徒然チルドレン』の前身となる作品をWebにアップしたのは2012年のこと。当時の商業作品のPRのためになれば、と考え生み出された同作は、その後、雑誌連載となり単行本もヒット、そしてアニメ化という、誰も予想できなかった大きな結果をもたらしました。
若林先生はいかにして、このヒット作を生み出し、そして描き続けてきたのでしょうか。若林先生の分析によって編み出された、「Webで読まれるマンガ」の描き方と、継続的に作品を発表していくための工夫を、「そんなことまでバラして大丈夫!?」というレベルまで、ぶっちゃけてお話いただきました!
- エピソードの種は、たった1ワード!『徒然チルドレン』創作秘話
- 若林流「Webで読まれるマンガのつくり方」を実践から学ぶ!
- 『徒然』初期の読者は、たった12人!若林先生の「数字との付き合い方」
- たった1つの感情が、ネタになる。作品を描き続ける技術
- 直感を信じて描く!でも、結果の分析は忘れない
エピソードの種は、たった1ワード!『徒然チルドレン』創作秘話
──『徒然チルドレン(以下、徒然)』は2012年、若林先生ご個人のHPで掲載が始まっています。開始当初は若林先生の商業連載作品『恋するみちるお嬢様(以下、みちる)』のPRのためのマンガだったのですよね。
若林:そうですね。最初は『みちる』のスピンオフのような作品を描こうかな、とも思いましたけど、それじゃああまりにも広告くさくなってしまう。それに、『みちる』は正直、遠からず終わってしまうだろうな、という予感もあったんです。だったら、『みちる』の連載が終わってもちゃんと描き続ける意味のある、別のオリジナル作品を描こうと思って始めたのが、『徒然』です。『みちる』とは違う部分で、僕のマンガのおもしろさをPRするべく始めたわけです。
──掲載先としてTwitterやpixivではなく、なぜ個人HPを選んだのでしょうか?
若林:個人HPに上げてそこに人を呼ぶのが、当時としては一番普通のやり方だと思っていたんです。そもそも、当時はTwitterのフォロワーも少なかったので、個人HPに上げるのもTwitterに上げるのも大きな違いはなかったんですね。しかし、いざ作品を上げても、放っておけば作品を読みに来てくれる方が増えるわけじゃない。人がいるところにも作品を上げなきゃ、と思って、後からpixivにも上げるようになったんです。
──最初からpixivに上げようとは思わなかったのですか。
若林:そうですね……最初はちょっと「逃げ」があったというか。まったく読まれないのもイヤだけど、あまりに多くの方に読まれるのも少し怖い(笑)。だから、ユーザーが賑わうpixivに上げるのは避けたのかもしれません。
──かくして始まった『徒然』ですが、どんなマンガにしようと考えていのですか?
若林:描きたいものを描く、というつもりで始めたんですが、「Webで読まれる」ということは、開始当初から考えていたように思います。Webに上がっている他のマンガ作品は結構観察していて、「こうしたらWebで読みやすいな」みたいな分析はしていましたね。こうした自分なりの「Webならではの工夫」は2012年10月に公開した第1話でも取り入れています。
──そもそも、『徒然』はどんなコンセプトを持った作品だったのですか。
若林:音楽のアルバムみたいに、いろんなお話が詰まったマンガにしたいなと思っていたんです。なんというか、アーティストに対する憧れみたいのが当時あって(笑)。だから、最初はまず各ストーリーのタイトルになる、「告白」とか「スピカ」みたいな言葉だけ書き出していったんです。
──たしかに曲名みたいな言葉ですね。
若林:で、この言葉を連想させるマンガを描こうと。「スピカ」に関しては、あるバンドの曲名でしたが、その意味も知らずマンガにしてみようと(笑)。調べてみるとスピカとは星の名前だったので、星にちなんだお話にしたんです。
──「言葉」から各話が生まれていったとしても、高校生のキュンキュンするラブコメ、というマンガとしての基本構造は、まったくブレていませんよね。
若林:そうですね。ただ、『徒然チルドレン』を続けていくなかで、初期の思惑とは変わっていった部分もけっこうあります。たとえば、各キャラクターは最初は全員1話限りの登場人物というつもりでした。主人公もとくに設定するつもりもなかったんです。ただ、10話くらい描いたあたりで、「待てよ、再登場するのアツいじゃん」と。各キャラクターが成長していく過程を見せたらもっと面白くなりそう、と考えるようになったんです。なんか、いま振り返ってみると、結構いきあたりばったりな感じはありますね。
若林流「Webで読まれるマンガのつくり方」を実践から学ぶ!
──「Webならではの工夫」について、詳しくお聞きしたいです。若林先生はWebで読まれるための工夫として「見やすい」「読みやすい」「分かりやすい」「感想を持ちやすい」と挙げられています。この方法論はどのように生み出したものだったのでしょうか。
若林:商業連載を始めてから、実はあまり積極的にマンガを読まなくなっていたんです。忙しいし、他の作品を読むと嫉妬してしまうこともあったので(笑)。ただ、そんな自分にも目に留まる作品というはあるわけです。そういった作品に共通するものってなにかな、と考えると……
- 【見やすい】パッと見でなにをやっているか分かる作品
- 【読みやすい】文字が少ない
- 【分かりやすい】話が複雑でない
- 【感想が持てる】最後まで読むと、なにか言いたくなる。感想が明確に持てる
こんな要素を兼ね備えた作品ならば、熱心なマンガ読みではなかった自分でも続きを読みたいと思えたんです。ですから、この方法論はWebのため、というより、単純に「読まれるマンガ」を描くためには必要なことなんじゃないかと、ぼんやりと考えていて、『徒然』できちんと手法として取り入れてみた、という感じです。
──なるほど。第1話の『告白』は背景も簡素ですし、キャラの描写もバストアップが多く表情が伝わりやすいですよね。これは「見やすい」を意識した結果だったんですね。
若林:それもあります……けど、商業連載の合間に描いていた作品なので、単純に面倒くさかったというのもあります(笑)。でも、結果として「見やすい」という機能は強調されていますね。当時は「さすがに描かなさすぎかな」という不安もあったのですが(笑)。
──では、ケーススタディとして、若林先生の方法論がうまく表現されている『徒然』のエピソードを教えてください。
若林:そうだな……「見やすい」「分かりやすい」という意味では、『生徒会長の悩み(第4話)』が顕著かな。まず、こんなに読者に状況が伝わりやすい、つまり「見やすい」1コマ目って、なかなかないんじゃないかと。
そして、1コマ目を受けての、4コマ目。
1コマ目と4コマ目だけ読んでもらえれば、「悪ぶった女の子と、一見真面目だけど性悪な男の子が、キスをするのかしないのか?」という、お話が「分かりやすい」構造になっているんじゃないでしょうか。余談ですけど、3コマめと4コマめはほとんどコピペのような画面なので、作画もラク。我ながら上手く描けてますね(笑)。
──やはり、ど頭からその作品が持つ面白さを伝えるのが大事なんですね。
若林:こうした工夫をするようになったのは『みちる』での反省もあったんです。振り返ってみると、『みちる』ってちょっと設定がややこしすぎた。だから、マンガの面白さを伝えるために3ページくらい使っちゃうんですけど、読者さんを掴もうと思ったら、それじゃあ遅すぎるんですよね。特に僕のマンガは4コママンガの連なりなので、面白さが伝わるまでに4コマ×3本とか読まないといけないのは、かったるくなっちゃう。だから『徒然』では、読者さんがこのお話に「なにを期待していいのか」を最初の4コマ1本で伝えられるようにしたかったんですよね。
そして、説明なしでも伝わる作品にするためには、複雑な設定は省かないといけない。実は、『徒然』の初期にファンタジーの要素とかも入れてみようかな、と考えたこともあったんですが、ファンタジーだとどうしても設定を説明しなければならないので断念した、ということもあります。
──「分かりやすい」は『徒然』では徹底して追求された要素だったのですか。
若林:もちろん例外もありますよ。たとえば『スピカ(第5話)』は、卒業を控えた天文学部の男の子と、彼に想い伝えようと奮闘する後輩の女の子のお話です。僕はこのお話を「星を見ながら、空回りしつつも頑張って想いを伝える」という、シチュエーションで見せたいと思っていたんです。
でも、シチュエーションで見せようとすると、まずシチュエーションの説明が必要ですし、そのなかでキャラクターがどのように動くのかも説明しなきゃいけないので、どうしても複雑になってしまいます。なんとかまとまったように思いますが、描いていたときは、これで“エモさ”が伝わるかどうか、かなり不安だった記憶があります。あと、ちょっと泣けるお話って、それまで描いたこともなかったので、その意味でもチャレンジングなエピソードでしたね。たぶん、当時の僕の実力以上のものが発揮されている(笑)。
──めちゃくちゃ実践的ですね。「感想を持ちやすい」という要素に関してはいかがですか。
若林:「感想を持ちやすい」という意味でも、『生徒会長の悩み』と『スピカ』は機能的ですよね。なんといっても、『生徒会長の悩み』には「キス」、『スピカ』には「卒業」という要素があって、両方とも、誰もが何かを感じる要素だと思うんです。きっと何かを言いたくなる。実際にpixivでの反応が増えていることも感じていて、青春ラブコメにおいて「キス」「卒業」ってすげー強い飛び道具なんだなと実感しましたよ(笑)。もちろん、毎回飛び道具のような要素を作品に入れられるわけではないですが、これ以降、「なにが読者を引き込む要素なのか」はかなり考えるようになったかもしれません。
──『徒然』の 初期と後期を比較して、画面のつくり方は変わっていたりするのでしょうか。
若林:はい。自分の絵柄は完成しているわけではないですし、『徒然』は常に変化させていこうと思っていたので。たとえば、一時期はディティールを細かく描いていたころもあるのですが、4コママンガでの1コマで考えると、情報過多な印象があるので調整したり。線もそうです。最初は強弱のある線で描いていましたが、スマホで読むことを考えると、線はちょっと太くてはっきりと見えたほうがいい。だから、後半は太めの均一な線を描くようにしていましたね。
また、『徒然』の場合、途中で雑誌連載が始まったことも、画面づくりに影響しています。Webでの見やすさを追求した隙間のある絵は、雑誌の大きな面だと少しさびしい。なので背景は意図的に書き込むようにしてみたり。もっとも、雑誌に合わせると今度はWeb、スマホではまた情報過多になってしまうので、「両者にとってちょうどいいところ」を模索して、後期の絵に落ちついたのだと思います。
『徒然』初期の読者は、たった12人!若林先生の「数字との付き合い方」
──ここからは、いかにしてファンを掴んでいくか、についてお聞きしたいです。『徒然』は個人HPで掲載が始まりましたが、その後、pixivでも公開するようになっていますね。
若林:個人HPに上げていた最初のころは、確か1日12人くらいしか読んでくれていなかったんです。その後、pixivにも上げるようになったら、それが30人くらいに増えたんですね。「倍になったじゃん。やったー」みたいな感覚です(笑)。それからコンスタントに作品を公開していったら、いつの間にか100人くらいが読んでくれるようになっていました。
──初期の集客はかなり大変だったのでは。
若林:あまり大変だったという感覚はなかったですね。『みちる』のPRという目的はあるものの、別にインフルエンサーを目指してたわけではないですし、商業連載の息抜きとして『徒然』を描いているのが楽しい、という感覚が先にあったので。好きに描いているものが、徐々に人に受け入れられるようになっていくのが純粋に嬉しかったんです。
──自分の作品が読んでもらえるだけで嬉しかった、という感覚でしょうか。
若林:ほんとにその通りですね。「Webでのし上がってやるぜ!」みたいな目的があったとしたら、フォロワーが増えないことにヘコんでいたかもしれませんが、『徒然』はせいぜい次の商業出版の手がかりにればいいな、程度のものだったので。
──ある程度のファンを獲得できた、作品に手応えを感じられた瞬間はあったのでしょうか。
若林:『コンタクト(第16話。2013年6月公開)』を出したあたりで、pixivのデイリーランキングで2位を獲ったんですね。それに、連載を始めて3カ月くらいで出した総集編同人誌が、100部すぐに売れちゃったんです。そのあたりで『徒然』は読んでもらえるし、人からお金をいただける作品になるかもしれない、という手応えを感じるようになりましたね。『徒然』を始めて1年ほどすると、かなり手応えを感じられるようになったので、結構天狗になってましたね(笑)。
──結果が伴うようになると、PVやRTや「いいね!」が気になってくるのではないでしょうか。
若林:最初は好きに描いているだけでしたが、結果が出ると、やっぱり数字が気になりますよね(笑)。人気が出だしてからしばらくは、同人誌もかなり売れてて無双状態だったんですけど、開始1年半くらいのころから、部数も鈍りだして、WebのPVなんかも伸び悩んでくるようになってくるようになったんです。そうなると、「いまの数字を維持しなきゃいけない」みたいなプレッシャーは感じるようになってきてしまいますよね。同時期に講談社さんから『徒然』をマガジンで連載しようと誘ってもらえたので、商業作品としてきちんと売上もつくらないといけない。こういう状況になってくると、初期の「描いていて楽しい」みたいな無邪気な感覚は希薄になってしまいましたね。
──マンガノにも作品ごとのPVを閲覧できる機能があるのですが、若林先生はこうした“数字”とどのように付き合っていたのですか。
若林:雑誌連載であれば、アンケートの数字を見れば、ある程度「このお話は読者さんの好きなお話だった」「このお話はちょっと分かりにくかった」みたいな傾向はわかります。ただ、傾向が分かったとしても「読者さんの好きなお話」に全振りできるほど、自分は器用なマンガ家ではないんですよね。
さっき、「キスは強い」なんて言いましたが、PVを見れば確かに「キスの強さ」は理解できるけど、すべてのお話でキスをテーマにするのは難しいし、マンガとして面白いかというと、そうでもない。ですから数字は“ある程度”は無視せざるをえない、というのが実情ではないかと。だから、数字が下がったら悲しい、ではなく、上がったら嬉しい、というモチベーションで描いたほうがいいんじゃないかなと思っています。
たった1つの感情が、ネタになる。作品を描き続ける技術
──WebやSNSの活用は、『徒然』以降も積極的ですよね。現在Twitterやツイ4で連載中の『幸せカナコの殺し屋生活(以下、カナコ)』は、ネームをFANBOXで公開されていましたね。
若林:FANBOXで公開したのは、完全にテストでした。テストしてみて、やはり評判がよく、これはバズりそうだな、と手応えを感じたんです。
──そして『カナコ』の第1話をTwitterに上げたら……。
若林:予想どおりバズりましたね。ただ、あんなにバズるとは……。びっくり(笑)。
幸せカナコの殺し屋生活 pic.twitter.com/5PshH5iPsz
— 若林稔弥 Toshiya Wakabayashi (@sankakujougi) October 28, 2018
──『カナコ』は『徒然』とはまた異なる作風に思います。目立つところでは、『カナコ』ではワイド4コマになっています。
若林:それは、すげー単純にワイド4コマのほうがページ数が稼げて単行本が出しやすいからです(笑)。『徒然』もワイド4コマにしておけば単行本を早く出せたのに、という後悔がずっとあったので(笑)。あと、スマホでの読みやすさというのももちろん考えました。『徒然』のような1ページに4コマが2本という形式って、後で電子書籍になると、電子書籍のUIのままだと、どうしてもスマホでは読みにくくなってしまうんです。ですから、自分でWEBに上げるときは、わざわざ1本ずつに分割していたんです。でもワイド4コマなら小さいスマホの画面でも、左右いっぱいまで使ってマンガを見せられます。そして、画面がワイドになる分、少しだけセリフも増やせて読み応えもアップできる。
──4コマ目の下にある煽り文も、『カナコ』に見られる工夫だと感じます。
若林:あれは、言ってみれば「読み応えの水増し」です(笑)。過去の作品は(紙媒体誌面の場合)1ページに4コマが2本入りますが、ワイド4コマの『カナコ』の場合、1ページに1本。ですから、必然的に1ページのなかの情報量が減って、その分、満足感も減ってしまいます。満足感をどうにかして水増しできないか、と考えていたところ、あの煽り文に行き着いたんです。まあ、小賢しい飛び道具ですね(笑)。
こんな具合に『カナコ』を始めるにあたって、いろいろと工夫したことはありますけれど、一番大きいのは『カナコ』を主人公の成長物語にしたことかな。
──若林先生といえば、胸キュンのラブストーリーの描き手という印象があるので、ちょっと意外です。
若林:実は恋愛マンガって、ストーリー上で「クリアすべきイベント」みたいな制約が大きくて、続けていくのが難しいんですよ。「付き合うか付き合わないか微妙な距離感の2人」という設定があったとして、本当のところはある程度したら、もうくっつけたいんですよ。でも、付き合っちゃったら、そこでお話はほとんど終わりだし、「まだバレンタインも花火大会も終わっていないのに、ここで付き合ってもらっちゃ困る」みたいな都合もあるわけです(笑)。2人の恋路を邪魔するようなキャラを出して、ストーリーを延命することもありますが、あまり邪魔しすぎても、 「まだ付き合わねーのかよ」と読者さんは冷めちゃいますよね。こういう制約が強くて、恋愛マンガを長く続けていくのは大変なんです。
こんな苦労があったので、次の作品を物語上、無理なく続けるためにはどうしたらいいのか、というのはすごく考えました。
──だから『カナコ』を成長物語にした、と。
若林:『カナコ』では「殺し屋OL」という、読者さんを惹きつけそうな、飛び道具的な設定は幸い思いついた。そこに加えて“主人公の内面の成長”を軸にすれば、長く続けられるんじゃないかと考えたんです。『徒然』の後期で、キャラの成長に焦点を当てれば、「付き合う」までのドラマに深みを出せるし、物語を無理なく続けられることに気付いたので、それを『カナコ』でも取り入れたんです。
──続けやすい「型」をつくったということですね。ただ、気になるのは、各エピソードのネタです。若林先生は『徒然』に続いて『カナコ』、いまはパチンコ好きの女の子たちの群像劇である『ぱちん娘。』も連載しています。かなりのペースでアウトプットされていますが、どうやってネタをつくっているのですか。
若林:僕の場合は、「自分の感情に気づく」という方法でネタを得ています。ちょっと説明しますね。さっき、読まれるマンガには「感想が持ちやすい」ことが大事だと言いましたが、人って本来、感想を持ちにくい生き物なんじゃないかと思っているんです。自分もそうですが、なにか面白いマンガを読んだときでも、意識をしなければ「面白かった」以外の感想ってなかなか出てこないですよね。でも、本当は「面白かった」の影には、すごくたくさんの感情があって、しかもその感情は他者と共有しえるものなんじゃないかと。そういった感情を意識して汲み取り、ネタにする感覚でいます。
たとえば、『徒然』に『今夜フラれます(第11話)』というエピソードがあって、これは教師に想いを寄せる女子高生のお話で、恋が成就しないのは分かっているけど、告白して振られてスッキリしたい、というのがストーリーの立ち上がりです。
このお話はglobeの『Can't Stop Fallin' in Love』という、不倫を臭わせる歌を聞いていたときに思いついたんです。すごくいい曲だと思ったのですが、その根底にある感情ってなんだろう、と考えると、おそらく僕は歌から漂う、報われない恋愛に向き合う人の「しょうもなさ」に共感したんだろう、と。この「しょうもなさ」というエモさを『徒然』の世界のなかで表現したお話をつくろうと思ってできたのが、『今夜フラれます』でした。
──「マンガのネタ」というと、お話の骨格のようなものをイメージしますが、若林先生にとってのネタとは、1つのキーワードや感情のようなものなんですね。
若林:そうですね。僕にとってはマンガって、感情を伝える手段のようなもので、いってみれば電話とかと同じカテゴリーですよね(笑)。自分のなかのエモさを、ストーリーと絵を媒体として伝えているつもりです。だから、自分の感情をネタとしてストックしておくんです。
直感を信じて描く!でも、結果の分析は忘れない
──若林先生は、個人HP、pixiv、ニコニコ静止画、Twitter、noteと、多くの媒体を通して作品をつくり、届けています。媒体ごと、またそのときどきのトレンドによって、作品づくりを調整されてこられたと思います。これから先、ご自身のマンガづくりをさらに変えていきたい、トレンドに対応したいと思う部分はありますか。
若林:お恥ずかしい話なんですけど、僕は時代の感覚をキャッチするようなことって、そんなに得意だと思っていないんですよね。いままでは、つねに目先のものに飛びついていただけのようなものです。ただ、経験を重ねるごとに、自分のフットワークが重くなっていくのも感じています。少し前に、Instagramで作品をつくってみようかと考えてもみたんですけど、Instagramに最適化した作品をイチからつくるのは、しんどいから止めよう、と(笑)。
それに、こうしたマンガの発表の場の広がりや、マンガづくりの手法の刷新って今後も続いていきますよね。だったら、トレンドを追いかけることに必死になるのではなく、自分が培ってきたマンガづくりの方法を洗練させていくしかないかなと。僕個人は、出版を主体とした既存の媒体でこれからも勝負していくつもりですし、新しい媒体にチャレンジする以上に、自分のマンガを突き詰めたいという思いが強いですね。強いて言えば、アプリなんかで読めるフルカラー縦スクロールのマンガは一度やってみたいと考えていますが、新しい欲求としてはこれくらいかな。
──ご自身の作品のマネタイズ、という部分でも、出版を軸に考えていらっしゃるのですか。
若林:『徒然』が人気になり始めたときに、もしかしたら出版という手段に頼らなくても、マネタイズしていけるかもしれない、という感覚はありました。作品がスタートアップの段階においては、すべて自分でマネージメントしたほうが、スピーディですし結果も出やすいでしょう。ただ、作品が一定以上の規模に成長して、アニメ化みたいな多面的な展開まで達すると、出版社にマネージメントを任せたほうが作家はラクですし、収益も上がると思っています。
──若林先生は各作品を商業出版していますが、FANBOXのようなご個人としての活動もいまだに盛んです。
若林:いつ切られるかわからない商業出版だけに依存するのは、リスクですよね。だから、「自分の意思で作品を発表できる場所」を確保しておきたいと思っているんです。実は『カナコ』は一度編集者にボツられた作品でしたが、SNSや同人誌即売会、電子書籍販売といった「自分の意思で作品を発表できる場所」を利用して数字を重ねることで、再び編集者にプレゼンできるチャンスが得られました。
──Twitterやマンガノのように、マンガ家の方が自分の意思で作品を発表できる場の価値も感じていらっしゃるんですね。
若林:そうですね。出版社に切られたら作品が描けなくなってしまう、という意味では、Twitterなんかがなくなったほうが困ってしまいます。Webで得られたファンベースの支えがあるからこそ、僕は商業出版でのんびりマンガが描けているのかも(笑)。
──マンガノもそういったファンベース構築に役立つサービスにしていきたいと思っています。最後ですが、マンガノのユーザーさんは、商業出版の前段階、つまり、個人HPで『徒然』をはじめた頃の若林先生のような段階にいる方が多いと思います。そんな方々に向けて、マンガを描き届けていくためのアドバイスをお願いします。
若林:自分の直感を信じて描いてほしいです。ここまで偉そうにマンガ理論みたいなものを語っておきながら申し訳ないんですけど(笑)。僕の場合も、直感で「これはイケそう」と思った作品を描いてきました。でも、描いた後に「なんで受けたのか、受けなかったのか」を必ず考えるようにしていて、今日お話したこともそういった自己分析で得られたものです。後付けでもいいから、自分なりの理論を持てれば、その先マンガを描いていくときも安心できるだろうし、失敗する確率も減るでしょうから。
あと、僕の経験からのアドバイスですが、「人と比べるのは止めよう」とお伝えしたいです。人と比べてしまうと、描けない自分が情けなくなってヘコみますから。それよりも、過去の自分と比べて、いまの自分が成長できていると感じられたほうが、心が折れずに作品を描けると思います。
──ありがとうございました!
【修正履歴】ご指摘により一部誤記を修正しました。(2021年4月27日21時)
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